リハビリ拒否がある患者さんに脳科学・心理学を用いて拒否を回避させるテクニック〜心理学編
前回に引き続き「リハビリ拒否患者さんに使える脳科学・心理学を活用したテクニック」について説明します。
前回の脳科学編では「立ち上がって歩き出す」ことが意欲を引き出すためにとても重要であるとお伝えしました。
なぜなら、立ち上がって歩き出すことで中脳にある腹側被蓋野からドーパミンが分泌され、それが前頭前野に働きかけることで「行動覚醒」が生じるからです。詳しく知りたい!って方はこちらの記事を読んでみてください。
「立ち上がって歩き出す」ことは重要であると理解していただけたと思いますが、リハビリ拒否の患者さんはそれが難しいと思います。
そのため、今回は心理学テクニックを活用して、立ち上がって歩き出してもらう方法についてお伝えしていきます。
◆ ヒトは選択肢を与えられるとどちらか選択する
まず、ひとつめの心理学テクニックについてお伝えする前にみなさんに質問です。
来週から学生さんが2名実習にこられます。あなたなら「やる気のある謙虚な学生」か「やる気もなければ傲慢な学生」、どちらの実習指導者になりたいですか?
ほとんどの方はやる気もあって、レスポンスも良い学生さんを選んだかと思います。中には、やる気がない学生のほうが燃えるという方もいると思いますが・・・
この質問はなにを意味してるかといいますと、ヒトはもっともらしい選択肢を与えられると、与えられた選択肢の中から判断を下しやすい傾向があるということです。本当は実習指導者になりたくないと思っているセラピストでも、どっちの学生が良いかという選択肢を与えられると無意識に選んでしまいやすいのです。
このように相手の「無意識」に働きかけて説得する心理学テクニックのことをダブルバインド(Double bind)または誤前提提示といいます。
「ベッドから少し立って外の景色をみるか、それとも飲み物でも買いに軽く散歩にでも行きませんか?」
実はこの魔法の言葉もダブルバインドを使用しています。「立って外の景色を見る」と「軽い散歩」、どちらを選択してもリハビリをするということになるのです。
つまり、「リハビリをしない」という選択肢を最初から取り除いた上で、相手に質問をするのです。
ただし、ここで注意点があります。
◆ 「自分で選択した」と無意識に思ってもらうこと
ダブルバインドは相手が「選ばされた」と思ってしまうと効果が菲薄してしまうのです。そのため、「自分で選択した」と思ってもらうことが重要です。
では、「自分で選択した」と思ってもらうためにはどうすれば良いのでしょうか。
「相手が選択しやすい内容にすること」
たとえば、リハビリ拒否の患者さんに「今から1時間ほど歩く練習をするか、スクワット運動を合計300回するなら、どちらが良いですか?」というような質問では、
患者さんはどちらも選択したくないと思ってしまうので、「リハビリをしない」選択肢が患者さんの中に浮かんでしまいます。
そのため、「遂行難易度の低い選択肢」の質問を心がけることが重要です。
たとえば、以下のような質問形式にします。
「ベッドから少し立って外の景色をみるか、それとも飲み物でも買いに軽く散歩にでも行きませんか?」
このように患者さんが選びやすい選択肢に変えることで、「自分が選択した」と無意識に思ってもらえるのです。
この他に、選択肢を与える際に覚えておきたいことがあります。それは「選択肢の順序」によって回答の傾向が大きく変わるということです。
◆ 最後に提示された選択肢ほど選ばれやすい
スタンフォード大学の社会心理学者Krosnickはリストに書いた選択肢から回答をしてもらう視覚的調査と言葉で伝えた選択肢から回答してもらう聴覚的調査の2種類について、選択順序による回答の傾向を調査しました。
その結果、視覚的調査では最初に提示された選択肢を、聴覚的調査では最後に提示された選択肢を回答する傾向があると報告しています(Kronick JA, 1987)。
高度の難聴により筆談によるコミュニケーションをしている患者さんは別ですが、基本的に対話で質問をします。
つまり、歩行練習を主とした運動療法をしてもらいたい場合、
「ベッドから少し立って外の景色をみるか、それとも飲み物でも買いに軽く散歩にでも行きませんか?」
と、歩行練習を促す選択肢を最後に提示することで、より歩行練習を選択してもらいやすいということです。
ここまで心理学テクニックについて紹介してきましたが、これらのテクニックを臨床で活用するかどうかはあなたにお任せます。
実はこれが最後に紹介したい心理学テクニックになります。
その名も「BYAF」
交渉や依頼の最後に「ある言葉」を加えるだけで成功率が2倍になることが立証されています。もし、ダブルバインドを活用してもリハビリを拒否された場合に使う切り札です。
では、そのBYAFとはどのような言葉なのでしょうか?
◆ BYAF=But You Are Free
But you are freeとは翻訳すると「あなたの自由ですが。」といった意味です。交渉や依頼の最後に「でも最終的にあなたが決めてください。」と付け加えるのです。
つまり、リハビリ拒否の患者さんに「ずっと寝ていると身体が余計に辛くなっていくので、ほんの少しだけ散歩に行きませんか?でも今もしんどいと思うので行くかどうかは◯◯さんに任せます。」といった表現が良いということです。
少し回りくどい表現かもしれませんが、科学的根拠が実証されています。
西イリノイ大学のChristopherらは、23790人の大規模な参加者を対象としたBYAFの効果についてのメタアナリシスを報告しています。
依頼の最後に「But you are free」を付け加えると、付け加えない場合と比較して相手が「Yes」と回答する確率が2倍も増加したというのです(Christopher J, 2013)。
このように2倍も確率が増加しているので、試してみる価値はありそうですね。
まだこの他にも心理学を活用した交渉術はたくさんあります。リハビリ職は患者さんや利用者さんと会話をすることが多い職種なので、このような心理学テクニックを身につけることも大切だと感じています。
また、活用できそうなテクニックがあれば紹介させていただきたいと思います。
◆ 参考文献
Krosnick JA, et al. An evaluation of a cognitive theory of response order effects in survey measurement. Public Opinion Quarterly 1987;51:201−219.
Christopher J. Carpenter. A Meta-Analysis of the Effectiveness of the “But You Are Free” Compliance-Gaining Technique. Communication Studies 2013;64:6-17.