リハビリ拒否がある患者さんに脳科学・心理学を用いて拒否を回避させるテクニック〜脳科学編
医師からリハビリ依頼があっても、意欲のない患者さんはたくさんいます。
しんどくて入院してきたのに、なぜリハビリでしんどいことしないといけないの?と言われ、リハビリの必要性を説明しても、もう今日はいいと言われたり。
そんな患者さんによく効く魔法の言葉があります。
「ベッドから少し立って外の景色をみるか、それとも飲み物でも買いに散歩にでも行きませんか?」
なぜ、この言葉がよく効くのか、今回は現代の脳科学の視点から考察していきましょう!
◆ なぜヒトは楽な道を選択してしまうのか?
少し想像してみてください。
あなたは今日部屋の掃除をしなければなりません。でも、冬の寒い中、コタツに入ってテレビを観ながら、のんびりとゴロゴロ過ごしています。
そんな状況の中、すぐに掃除しようと思えますか?
ほとんどのヒトは、「このテレビが終わったらやろう」とか「明日、絶対にする!」とか思って、結局 楽な道を選択していませんか?
患者さんも同じ気持ちです。
痛い、しんどいときにわざわざリハビリ室まで移動して身体を動かそうなんて、よほどハングリーな人じゃないと思いません。
でも、楽な道を選択してしまうのは進化論から考察すると、むしろ「正常な状態」なのです。
今から約200万年〜紀元前1万年前の旧石器時代(ホモ・ハビリスが石で道具を作り始めたとされる時代)では食料不足によりエネルギーが枯渇している状態でした。少ないエネルギーは狩猟活動によって消費されるので、+αでなにか別のことをするなどあり得なかったのです。
+αにエネルギーを消費してしまうと狩猟活動が困難になり、生存が危うくなってしまうからです。
◆ 楽な道を選択するように脳内に仕組まれてある
マズローの欲求5段階説はご存知でしょうか。これは「人間は自己実現のために向かって絶えず成長する」という仮説をもとに作られた理論です。
この段一階層に「生理的欲求」があります。生理的欲求とは生きていくための基本的・本能的な欲求のことを指します。例えば、食欲とか子孫繁栄のための性欲など。
ヒトはそのような生理的欲求が湧いてくるために食事や生殖活動を行うと快楽という形で「報酬」を感じるようにできています。
ドーパミンは中脳の腹側被蓋野にあるドーパミン作動性ニューロンによって作られる神経伝達物質です。これらのニューロンは、前頭前野、前帯状回や扁桃体、海馬、側坐核といった部位と神経回路がつながっています。
ドーパミンが前頭前野に分泌されると「気持ちよい」という感情が認識されます。さらにドーパミンが側坐核に分泌されると、その分泌に至った原因となった行動が「強化」されます。ヒトは生存や子孫繁栄に寄与する生理的欲求につながる行動を強化するために、このような報酬系の仕組みを作り上げているのです。
そして、現代の脳科学研究で楽な道を選択するときにも、この報酬系が活性化されることが明らかになってきました。
ジュネーブ大学のChevalらは、楽な道を選択することによる脳の神経活動について研究したシステマティックレビューを報告しており、寝転んでダラダラして休むときに脳の報酬系が活性化されることを示唆しています(Cheval B, 2018)。
これは楽な道を選択することが生理的欲求のひとつであると脳内に仕組まれていることを意味します。
つまり、ダラダラと楽な道を選択して、体力を温存する行動は正常といえるのです。
では、どうすればダラダラせずに行動できるのでしょうか?
◆ ドーパミンを分泌させて、やる気スイッチをいれろ!
ドーパミンは脳の報酬系を活性化させる神経伝達物質です。そのため、ドーパミンが分泌されることでダラダラ思考が遮断し、やる気スイッチが入ります。
では、ドーパミンを分泌させるにはどうすればよいのか。
その答えは「立ち上がって歩き出す」です。
ドーパーミンは中脳の腹側被蓋野にあるニューロンから分泌されます。
「立ち上がって歩き出す」のように姿勢を変えて歩き始めることで、腹側被蓋野が活性化して、ドーパミンが分泌されることが動物実験で報告されています。
立ち上がったり、歩き始めると、中脳の歩行誘発野(midbrain locomotor region:MLR)へ神経活動が伝達されます。
高草木によると、中脳歩行誘発野は中脳被蓋外側部に存在し、この領域は楔状核(Cuneiform nucleus:CNF)や脚橋被蓋核(Pedunculopontine tegmental nucleus:PPN)背側部に相当すると報告しています(高草木薫, 2007)。
また、脚橋被蓋核(PPN)が活性化されるとアセリルコリンやグルタミン酸、GABAなどの神経伝達物質が分泌され、腹側被蓋野と黒質が活性化されます。腹側被蓋野が活性化されると、前頭前野にドーパミンが分泌され、「行動覚醒」が生じると報告しています(高草木薫, 2013)。
このような機序により、ダラダラ思考が遮断し、やる気スイッチが入ると推察されます。
このようなことは日常生活でもよく見受けられます。
「一度掃除をすると納得いくまでしてしまう」ことはないでしょうか。掃除をするために立ち上がったり、歩くことでPPNが活性化→腹側被蓋野が活性化→前頭前野へのドーパミン分泌により「行動覚醒」が生じ、その結果やる気スイッチが入ってしまうと説明できます。
◆ 拒否がある患者こそ歩き出そう!
リハビリ拒否のある患者さんこそ、立ち上がって歩いてもらうことが重要です。
なぜなら、腹側被蓋野からドーパミンがたくさん分泌されると、やる気スイッチがオンになるからです。
ただ、そもそもリハビリ拒否がある患者さんに立ち上がって歩いてもらうことが難しいわけですよね。
そこで、次回は心理学のテクニックを使って、立ち上がって歩いてもらう方法を紹介します。このテクニックは交渉術の現場でよく活用されています。リハビリ拒否のある患者さんにリハビリをしてもらうこともいわば「交渉」なのです。
◆ 参考文献
Cheval B, et al. Behavioral and Neural Evidence of the Rewarding Value of Exercise Behaviors: A Systematic Review. Sports Med 2018; 48(6): 1389-1404.
高草木薫.歩行の神経機構Review.Brain Medical 2007;19:307-315.
高草木薫.脚橋被蓋核(PPN)領域の機能.分子精神医学 2013;13:63-66.